イカすバイクのアメリカンスタンダード!ハーレー1936EL

ナックルヘッドの時代

バイクのアメリカンスタンダード

バイクのアメリカンスタンダードの礎になったのが1936登場のハーレーELです。

画像ultimatemotorcycling.com

画像nationalmcmuseum.org


画像ohv.prettyblack.jp

画像harley-w.com
ハーレーで初めてタンクオンタイプのインストルメントパネルが採用される。

ナックルヘッド


画像uncommonmotors.com

 

バルブカバーの形状がナックル(拳)に似ていることからナックルヘッドとして親しまれることになった1936登場のEL。

このエンジンはダブルループフレームに搭載され、このエンジンの最大の特徴はオーバーヘッドバルブ方式を採用している点です。

この方式は後のハーレーのエンジンに引き継がれていきます。

エンジン Twin-cylinder 61cubic inches
ミッション 4速

画像 http://freedom-vintagecycles.com/knuckle/2016-36el.html

☆流線型のタンクとフェンダーを持つスタイリングは後々のアメリカ製バイクのスタンダードになっていきます。

 

ハーレー ナックルヘッドの動画 150419 ハーレー ナックルヘッド (パン ショベル) ファンタスティックピープル

150419 ハーレー ナックルヘッド (パン ショベル)

 

三共製のハーレー

ハーレーダビッドソンの模倣もしくは無許可コピーではなく、正式なライセンスを得て生産されたハーレーです。

日本ハーレーは1935年(昭和10年)には社名を「三共内燃機」に変更、日本製品としてのイメージを高める意図の公募により「陸王」という日本名が付けられました。
この時に公募名を選ぶ立場にあった三共内燃機の経営者の中に慶應義塾大学出身の者がおり、慶應義塾大学の応援歌『若き血』の一節「陸の王者、慶應」の歌詞が気に入っていたので応募の中にあった陸王の名を選んだ、との説がある。社名は翌1936年(昭和11年)に三共内燃機からブランドに合わせた陸王内燃機に変更され、年間数千台のペースで生産を行なっていった。オートバイ、サイドカーのみならず、オート三輪も手がけている。
引用 wikipedia

時代背景

時代は1936年のアメリカ

1936年はアメリカ合衆国大統領選挙が行われた年です。
現職大統領で民主党のフランクリン・ルーズベルトは、連邦議会や裁判所を通じて、ニューディール政策の各条項を推進し続けていました。
しかし、ニューディール政策は既に法制化され、社会保障や失業給付のような政策が大半のアメリカ人に高い人気を得たことが明らかになっています。共和党の対抗馬は、カンザス州知事のアルフレッド・ランドン。

政治学者の中はには接戦を予測した者もいたが、ルーズベルトは選挙人選挙ではわずか8票を渡しただけという、当時の二大政党体制が1850年代に始まって以来最大の勝利を得ました。
引用wikipedia

1936年の日本

2月26日 – 二・二六事件勃発

12月 – 洲崎球場(現在の東京都江東区)で東京巨人軍対大阪タイガースの優勝決定戦が開催。東京巨人軍投手の沢村栄治は、この年、日本史上初のノーヒットノーランを達成。

警視庁の赤バイが白バイになる

ファッションと街並み

1930年代のアメリカのファッション

画像www.book-komiyama.co.jp

画像renote.jp

日本ファッション

画像http://blog.livedoor.jp/mukashi_no/tag/1930年代
 
メンズ
時代を反映してか、男子のファッションはなかなか見当たりません。
 
街並み
 
1930年代の渋谷駅

1930年代の東京


画像hhttps://foujita2003.hatenablog.com/entry/20110521/p1

 
 

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